2014年01月20日

超新星爆発の記録

超新星とは、質量の大きい恒星の最終段階で起こる大規模な爆発現象のことです。
古くから、人類は夜空に見える星々とは違う、突如現れる強い光を放つ星のことを観測してきましたが、1572年、ティコ・ブラーエがこの種の星の出現を観測した際に「新星」と呼びました(※1)。
1885年に観測されたアンドロメダ銀河内での大規模な爆発現象を観測したことで、「超新星」と呼ぶようになります。

新星の多くは、片方が白色矮星である連星系で起こると考えられています。もう一方の恒星から水素ガスが大量に流入し、白色矮星の表面で核融合反応を起こし、これが爆発的に吹き飛ばされる現象です。爆発するのは表面だけなので、爆発後は元の状態に戻り、ふたたび水素が蓄積していき、しばらく後に再び爆発を起こすことを繰り返します。銀河系内で年間30〜60個程度が新星となると考えられていますが、その多くが、距離が遠かったり、星間物質に遮られたり、銀河中心の向こう側で起こるために観測できるのはわずかです。

超新星は、新星とは異なる仕組みで起こります。
T型の場合は、白色矮星に連星からのガスが降り注ぎ、その質量が縮退圧のチャンドラセカール限界を超えることで支えきれなくなり収縮、その結果、中心核の炭素核融合が一気に加速して爆発。超新星となる場合です。
U型の場合で、太陽の約8倍より重い星の場合、水素の核融合反応が進むとヘリウムが増え、その収縮で高温となり膨張して赤色超巨星に進化します。中心核では6億Kという超高温となり炭素が核融合を起こしてネオンやマグネシウムからなる縮退した中心核が作られますが、陽子の電子捕獲反応によって電子の縮退圧が弱まるため、重力収縮が勝って一気に崩壊します。この時開放されるエネルギーで外層を吹き飛ばす大爆発が超新星です。
また、太陽の10倍程度よりも重い星では中心核が縮退することなく核融合が進み、酸素、ケイ素と生成し、最後に鉄の中心核ができます。鉄の中心核は重力収縮しながら温度を上げていき、約100億Kに達すると黒体輻射により生じた高エネルギーのガンマ線を吸収してヘリウムと中性子に分解する鉄の光分解現象が起こります。併せて電子の捕獲も進むため、中心核の圧力が低下し、一気に重力崩壊を起こします。この結果、放出されたエネルギーで外層部は大爆発を起こして吹き飛び超新星となります。
あとには爆縮した中心核だけが、中性子星やクォーク星、ブラックホールという形で残ります(※2)。

超新星爆発のエネルギーは、光速の20%もの速さで広がり、周囲数光年を巻き込み、さらに大量のガンマ線を放出します。仮に生命のある惑星がその十数光年ほどの範囲にあれば、降り注ぐガンマ線で壊滅的な打撃を受けます。過去、地球の歴史で起こった生命大絶滅現象の中に、このガンマ線照射が原因となっているものがあるのではないか、という説もあります(※3)。
一方で、その衝撃波は星間物質をかき混ぜ不均衡にすることで、密度の濃い部分が重力を増し、それが周辺物質を引き寄せさらに重力が増し、新たな星の誕生につながる他、超新星爆発の膨大なエネルギーによって鉄より重い重金属は生成されると考えられ、生命の誕生にも少なからず影響しています。

新星と超新星を明確に区分するようになったのは、仕組みがある程度わかってきた20世紀後半です。
しかし、その猛烈なエネルギーは、過去いくども地球上から観測され、記録に残されました。
最も古い記録は、西暦185年の超新星。中国の記録にあり、3300光年離れたところで起こりました。
有名なものでは、1006年の超新星、1054年の超新星があります。1054年の記録は、藤原定家の日記『明月記』(※4)や中国の古典にも見られ、20世紀に入り、牡牛座かに星雲がこの爆発の残骸であることが判明しました。
ティコ・ブラーエが「新星」と初めて呼んだ1572年の超新星、銀河系内で起こったもので観測されたものとしては今のところ最後である1604年の超新星(ケプラーの星)、超新星という語のきっかけとなった1885年のアンドロメダ銀河内で起こった超新星、ニュートリノ天文学のきっかけとなり、カミオカンデの観測で小柴昌俊教授がノーベル賞を受賞した1987年の大マゼラン銀河での超新星などが知られています。
実際には銀河平均で40年に1個程度は超新星爆発が起こっていると考えられますが、地球との間にある星間物質によって見えなかったり、銀河中心の向こう側で起こるために見えなかったりしているものと思われます。
また超新星爆発自体は観測された記録がないのに、超新星残骸が現在観測できるものもあります(※5)。

人類に影響を及ぼす可能性がある距離の星で、近い将来超新星爆発を起こす可能性が高いのは、冬の大三角の一点、オリオン座ベテルギウス。超有名な恒星ですが、赤色超巨星の段階にあり、すでに寿命の終わりの方。しかもこの十数年の観測だけでも、激しく収縮をしており、また噴き出しているガスで形状も不規則になっていることから、人類が超新星を目撃できる可能性のある星です(※6)。もしいま超新星爆発が観測された場合、距離は640光年ほど離れているので(つまり640年前に爆発したことになるわけですが)、直接の影響は殆ど無く、数日間は昼間でも輝いて見えると考えられています。問題はガンマ線バーストの影響を受けるかどうかで、現時点では地球の位置が放射される方向から外れているので、自転軸の移動などがない限り問題はないだろうというのが大方の研究者の結論のようです。

主だった超新星の記録
185年、SN 185を観測。ケンタウルス座3,300光年。最古の観測記録。
393年、SN 393を観測。さそり座。超新星残骸RX J1713.7-3946か?
1006年、SN 1006を観測。おおかみ座7,200光年。明月記にも記録されている。
1054年、SN 1054を観測。おうし座7,000光年。現在のかに星雲。明月記に記録された3つのうち最も有名なもの。
1181年、SN 1181を観測。カシオペア座26,000光年。明月記の記された時代に起こった超新星。
1572年、SN 1572をティコ・ブラーエら複数の天文学者が観測。カシオペア座12,000光年。新星と名付けられた最初の星で、通称ティコの星。
1604年、SN 1604を観測。へびつかい座20,000光年以内。通称ケプラーの星。銀河系内で記録上最後に観測された超新星。
1885年、SN 1885Aを観測。アンドロメダ銀河内254万光年。supernovaと呼ばれた最初の星。他の銀河で発見された最初の超新星でもある。
1987年、SN 1987Aを観測。大マゼラン銀河。167,800光年。ニュートリノを多数観測しニュートリノ天文学のきっかけになった。
2005年、SN 2005apを観測。かみのけ座47億光年。観測史上最大光度の超新星。
2006年、SN 2006gyを観測。ペルセウス座方向の銀河NGC 1260内。2億3800万光年。対生成を伴う対不安定型超新星爆発で観測史上最大級。


※1…中世カトリック全盛期には、天動説が絶対であり、太陽や惑星の動きを含め、神の作った宇宙は完璧・不変であるとみなされ、不意に生じる新星や超新星は大気上層部の現象だと考えられてきたが、観測技術の発達とルネサンス期の宗教観の変化によって、宇宙で起こる現象だと考えられるようになった。そのため「新星」と名付けられた。ただしティコ・ブラーエ自身は観測結果と整合しないとして地動説を否定的に捉えていたという。
※2…ブラックホールすら残らない極超新星爆発もあると言われる。
※3…約4億4000万年前のオルドビス紀−シルル紀境界での大量絶滅はその候補の一つ。6000光年以内で起こった超新星爆発のガンマ線照射が原因という説もある。
※4…藤原定家が明月記を記したのは、1180年〜1235年で、1054年の超新星は陰陽師らの残した記録を記載したものといわれる。1006年と日記と同時代の1181年の超新星爆発のことも記されている。
※5…ほ座ベラ・ジュニアは西暦1200年ころ超新星爆発の光が地球に到達しているはずだが記録にない。G1.9+0.3超新星残骸も140年位前に地球に光が到達した超新星爆発の残骸と見られるが記録にない。
※6…明日起こるかもしれないし、1万年後かもしれないスパンだが、宇宙の歴史の長さから見ると人類スケールに近い時間で超新星化する。ベテルギウスの直径は太陽の約900〜1000倍(太陽の位置から見て木星軌道くらいまでの大きさがある)、視直径は約0.047秒(太陽の視直径は約30分)で、太陽には比べられないが、全天で2番めに「見た目」の大きな恒星。宇宙望遠鏡などでは直接観測が出来るため、その変化もよく分かる。

☆この内容は総合年表HP(http://www.sogonenpyo.jpn.org/)の年表に追加されます。
posted by あお at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇宙の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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